ひとりの社長が複数の会社を運営する――これは中小企業経営者にとって、珍しいことではありません。しかしその一方で、「別会社間での資金移動は大丈夫?」「同じ事業内容で複数会社を持つのは法律違反?」「利益相反になるケースは?」など、コンプライアンスや法務リスクを不安に感じる声も多くあります。
この記事では、社長が同じで別会社を運営する際の法的な注意点や実務上の落とし穴、グループ経営におけるガバナンスまで、分かりやすく解説します。
複数の会社の社長を兼任すること自体は違法ではない
結論から言えば、同一人物が複数の会社の代表取締役を兼任することは、原則として違法ではありません。商法上も会社法上も、代表取締役の兼任に対する直接的な禁止規定はありません。
実務でも多くの経営者が複数法人を所有
たとえば、
- 本業のコンサル事業と新規の飲食事業を法人分けして展開
- 資産管理会社を別に設立
- スタートアップ企業の投資用にSPC(特別目的会社)を設立
といったケースは実際に多く、問題となるのは「兼任そのもの」よりも「兼任に伴う取引や意思決定が不適切な場合」です。
資金移動には要注意|別会社間での貸し借りや送金が問題になるケース
法人格が別である以上、資金の流れには厳密なルールが求められます。「社長が同じだから自由にお金を移せる」わけではありません。
税務上の問題
- 無利息での貸付や回収不能な貸付は「寄付金」や「役員賞与」扱いとなる可能性
- 一方の会社で損金として計上できなくなることがあり、法人税の追徴対象になる
【参考】国税庁|法人税基本通達9-2-19「役員に対する利益供与」など
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/hojin/02/09.htm
会計処理の注意点
- グループ内資金移動は、取締役会での承認や契約書類の整備が必須
- 貸借対照表への適切な記載(債権債務処理)が求められる
同一の事業内容で複数会社を持つのは問題になるのか?
事業内容が似ている複数会社を設立すること自体、法律違反ではありません。ただし以下の点で注意が必要です。
業法による規制がかかるケース
- 金融業、医療業、不動産仲介業など、業法が存在する業種では「名義貸し」や「実質的支配関係」が問題になることがあります。
税務調査で疑われるリスク
- 同一の設備や従業員を二重計上している
- 赤字会社を意図的に作って損益通算を狙っている
と見なされれば、「実質一体の事業体」として課税対象を合算されるリスクもあります。
【参考】国税庁|法人の実態判定に関する指針(法人税調査の実務)
https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/backnumber/journal/37/pdf/04.pdf
代表者が同じ会社の呼び方・管理上の扱い
代表が同一で複数法人を所有する場合、会社法上の特別な名称はありません。ただし、経営上は以下のような整理がなされます。
- 資本関係あり:親会社・子会社・兄弟会社
- 資本関係なし:関連会社・グループ会社
特に資本関係がなくても「代表者が同じで実質的に一体運営されている」と見なされれば、税務上・労務上で**「形式と実態の不一致」**として指摘されることがあります。
利益相反にあたるケースとは
社長が同じであるがゆえに、「一方の会社の利益が他方の会社の損になる」ような意思決定をした場合、利益相反取引に該当する可能性があります。
代表的な例
- A社(代表:山田氏)からB社(同じく山田氏が社長)に格安で資産を譲渡
- A社の売上を意図的にB社へスライド
このようなケースでは、
- A社の株主や債権者が不利益を被る
- A社の取締役としての善管注意義務違反や忠実義務違反に問われる可能性がある
【参考】会社法第356条「取締役の利益相反取引」
代表取締役の兼任は法的に問題ないが、実務上の制約あり
代表取締役を複数の会社で兼任することは認められていますが、次のような実務的課題が発生します。
- 業法で兼業・兼任を制限される業種(医療法人、税理士法人など)
- 株主や出資者から「利益の偏り」や「注意義務の分散」を問題視されるケース
- 時間的リソースやコンフリクトの発生
そのため、複数法人を持つ場合は「責任者を分けてガバナンス体制を整える」ことが推奨されます。
親会社と子会社で社長が同じ場合のガバナンス
親子会社で代表者が同一というのも、よくあるケースです。しかし、以下のようなリスク管理が求められます。
- 子会社側の少数株主からのエクイティガバナンス要求
- 両社間の契約が「形式的」になってしまうリスク
- 株主総会や取締役会での「チェック機能」が形骸化しないようにする必要性
「会社の中に別会社」を置くことは可能か?
よく混同されがちですが、1つの会社の中に別法人を設けることはできません。
法人は登記上、別個の人格であり、住所や事務所が同一でも「会社の中に会社がある」ようなことはありません。
ただし、次のような形式で「実質的に内包する」ことはあります。
- 同一建物内で複数法人が事務所をシェア
- 子会社として登記上別会社を保有
別会社を作るメリットと注意点
最後に、あえて別法人を作る理由と、それに伴うリスクについてまとめます。
メリット
- 損益・資産の切り分けができる
- 節税の選択肢が広がる
- 新規事業のリスクを本体と切り離せる
- 信用・営業上の戦略展開に有効
注意点
- 資金管理・利益相反・法的責任を明確に分離することが必要
- 社会保険や雇用契約なども法人単位で別個に管理する必要あり
まとめ:社長が同じ別会社運営は合法だがリスク管理が肝
社長が同じで複数会社を運営すること自体は合法です。しかし、資金移動や利益相反、事業内容の重複など、“見られている”ことを前提にしたガバナンス設計が求められます。
信頼を損ねることなく経営の幅を広げるためにも、税理士・社労士・弁護士などとの連携を強化しながら、透明性の高い経営体制を整えることが重要です。