通勤手当を支給しているにもかかわらず、定期券を購入せず都度払いで通勤している社員がいる──その事実を把握したとき、経営者や労務担当者は「これは不正か?それとも制度の盲点か?」と判断に迷うはずです。明確な不正とは断定できない“グレーな通勤行動”への対応は、制度設計・マネジメント双方において極めて重要な論点です。本記事では、定期を買わない社員の実態と対応方針を、実務視点から具体的に解説します。
なぜ定期を買わずに通勤する社員が増えているのか
働き方の変化と通勤スタイルの柔軟化
リモートワークや出社頻度の変動が当たり前となった今、「毎月定期券を買うよりも、その都度支払った方が安い」というケースが現実的に増えています。こうした状況下で、社員側が“節約”や“柔軟な出社スタイル”を理由に定期券の購入を控えるのは、一部では合理的な判断とも言えます。
制度設計の想定が“固定出社前提”に偏っていた
通勤手当制度の多くは、毎日の通勤が前提となっており、「最安経路での定期代を支給する」ことが一般的です。しかし、実態としては月に数日しか出社しない場合もあり、その差額分を“もらい得”と捉えるグレーな運用が目立つようになっています。
不正とまでは言えないが、企業が見逃せない理由
法的にはグレー、倫理的にはブラック
通勤手当は「通勤の実費補助」であり、実際にかかる費用より多く支給しないことが原則です。定期を購入せず実費より安く済ませ、差額をポケットに入れる行為は、法的にはグレーゾーンにありますが、経費の私的流用と解釈されかねないリスクがあります。
職場内の“モラル低下”を引き起こす要因に
仮に他の社員が定期を購入している中で、一部の社員がその差額を“得している”構図が見えた場合、職場内の不公平感や不信感を生む可能性があります。これが表面化すると、管理職への不信や、申請制度への形骸化が進む要因にもなり得ます。
定期購入しない社員への“グレー対応”の原則
1:就業規則と通勤費規定の見直しを優先する
まず重要なのは、「通勤費支給は定期券購入が前提である」と明文化することです。これにより、社員側の解釈にブレが生まれにくくなり、「スイカで通ってもいいか?」という判断を自律的に行わせる抑止力になります。
2:定期購入証明や経路変更申告を義務化する
定期券のコピー提出、またはスマート通勤アプリによるIC履歴の共有を制度化すれば、“目に見える証拠”が残り、経理や人事側の判断がしやすくなります。また、出社スタイルが変わった場合の報告義務を明示しておくことで、制度と実態の乖離を防ぐことが可能です。
3:状況確認→個別対応の“対話ベース”を忘れない
いきなり「不正だ」と糾弾するのではなく、「実態確認」のスタンスで対話を始めることがポイントです。多くのケースで社員に悪意はなく、むしろ節約意識や柔軟対応の結果であることが多いため、制度の趣旨と整合性を丁寧に伝える姿勢が信頼関係を守る鍵となります。
管理者・経営者がとるべき“再発防止”ステップ
ケース別対応マニュアルを整備する
すべてのケースを一律に判断するのは難しく、定期代より実費が明らかに安い場合などは、個別対応が求められます。そのためにも、以下のようなケース別ルールの整備が求められます。
- 月の出社日数が5日未満の場合は実費支給に切り替え
- 時差出勤やフレックス通勤は経路の見直しが必要
- 半年・1年単位で通勤手当制度の棚卸しを行う
これにより、制度を硬直化させず、柔軟に適用できる仕組みが生まれます。
実費精算制度への切り替え検討
もし「定期を買わない通勤者が多数派になっている」「実費の方が圧倒的に合理的」という場合は、定期代支給からIC履歴ベースの実費精算に切り替えることも視野に入れるべきです。クラウド交通費精算サービスを導入すれば、手間なく透明性のある管理が可能となります。
まとめ:制度の“グレーゾーン”を埋めるのは対話と設計力
定期を買わず通勤する社員をどう扱うかは、単なる不正対応の問題ではなく、働き方の変化に制度が追いついているかを問われるテーマです。管理者・経営者に求められるのは、頭ごなしに“違反者”扱いすることではなく、現場との対話を通じて実態に即した制度にアップデートしていく設計力です。モラル低下を未然に防ぎつつ、社員の働きやすさにもつながる“グレー対応マニュアル”こそ、これからの通勤費管理のスタンダードになるでしょう。